top of page
                               古布



押入れの引き出しに藍染のちいさな古い布がたくさん眠っている。むかし骨董屋に足繁く通い布を集めていた。布は大雑把に四角く切られ しらない家のにおいを抱いたまま売られていた。布を見つめているとどこからか 備後絣だよ、綿の。とか、大正中期だね、たぶん。と声がした。声をたどると 布と布のすきまから骨が透けて見えるほど痩せた人がこちらを見ているのだった。持ち主がこの布を手放した理由を訊こうとすると店の奥のくらがりからいつも電話がけたたましく鳴りはじめた。


集めた古布で手のひらサイズの壁掛けを作ったことがある。藍の微妙な色合いを利用して空を仕立てた。細く切った布を順番に重ねる。一針一針 空を刺す。針と糸が空を閉じる。わたしはなるべく目を揃えて 備後絣だよ、綿の。とか 大正中期だね、たぶん。の声 布を選ぶわたし しらない家のにおい 布が衣服であったときに触れた息や汗も閉じ込めた。壁掛けは重すぎて壁に掛けられず 押入れの引き出しに今もしまってある。

 
​詩集『呼』に収録
bottom of page